かつて“宮宿”と呼ばれ栄えた東海道随一の宿場町跡に、「ひつまぶし」発祥の名店「蓬莱軒」本店は佇む。近くには熱田神宮や七里の渡しと由緒ある史跡が点在する。当時、伊勢詣での途中にひと休みするお客様への出前を請け負うなか、2代目当主甚三郎の心配りから、割れないよう器が「おひつ」に替わり、人々が取り分けやすいよう鰻を細かく刻んで出したのが、現在の「ひつまぶし」の始まり。明治6年の創業当時から、身内だけに口承にて伝わる秘伝のタレは、戦火のなかを、4代目女将が着物も持たずタレだけを抱きしめ逃げたと語られるほど。そのタレは、長年技を磨いた職人が備長炭で焼いた鰻と、すこし固めに炊かれたご飯に見事に絡む極上の味わい。

老舗のここでは、季節に応じて鰻の産地を厳選、140年経てもなお変わらぬ味を提供しつづける。バリエーションに富む鰻の肝料理「肝焼き」「肝わさ」「肝ポン酢」などが脇を固め、出汁が利いた「うまき」も秀逸。「蓬莱軒」にだけ置くことが許された神事用の日本酒「草薙」とともに楽しむのもまた一興。近隣の海から届く朝獲れの魚介や、築地の老舗からの稀少な鮪のトロを盛り合わせた「刺身の盛り合わせ」も、「蓬莱軒」が自信を持って供する珠玉の一皿。「ひつまぶし」が生まれた店、その本物の味に出会いに、名古屋駅から電車で20分ほどの「蓬莱軒」本店に出かけたくなる。

Photo/ Hiroshi Mamiya
Text/ Sayuri Hiratsuka