北鎌倉駅から歩いて10分の小路の奥に立つ「幻董庵」。小津安二郎の映画にでも出てきそうな古民家は築100年近いもの。かつて大女優、田中絹代が住んだといわれる趣ある日本家屋で、ゆっくりと日本料理が味わえる。料理は昼夜ともコースのみで、すべておまかせ。築地や地元の漁港から仕入れた魚、地元の野菜を中心に地産地消を意識した食材選びで、その日のメニューが決まる。素材しだいでコースを組み立てるため、決まったお品書きはなく、日によって料理は変化を見せる。「洋のテイストを加えることも多いです」と語る、主人の長谷川貴哉さん。たとえば、お椀はベシャメルソースとカツオ出汁を半々で合わせたものを使うなど、「型にはまりすぎない、食べやすい内容で季節感を出します」。

季節感は、ロケーションからも存分に伝わる。自然豊かな静かな場所でお客様がゆったり食事できるように、BGMは一切なし。代わりに聞こえてくるのは、春は鶯、秋なら鈴虫の声。時折、風にそよぐ葉音が心地よく流れ、贅沢な時間が過ぎていく。骨董への造詣が深い女将が選ぶうつわは、料理に合わせてガラス、蒔絵の漆器など洗練されたものが登場。夜は2組限定で、1階と2階それぞれ貸し切りとなる。ここぞという特別な日に訪れたい一軒である。

Photo/ Akinori Maekawa
Text/ HEARST FUJINGAHO